オスヴァルト・フォーグラー
Oswald Vogler (1930〜 )


1996/97シーズンの最後の活躍

最初に取り上げるのは、1970年に入団し、ベルリンフィルの黄金時代を支えてきた名ティンパニ奏者であるフォーグラーです。残念ながら、昨シーズンを最後に引退されました。彼の長年に渡る素晴らしい活躍と功績を手短かに述べることは困難ですので、今回は、最後のシーズンとなった1996/97シーズンの活動について、私の知る限りにおいて振り返るにとどめたいと思います。

定期演奏会への最後の出演は、97年6月24〜26日の「天地創造」(ラトル指揮)だったそうで、日本からもお弟子さんが駆け付けたと伺っております。ただその数日後の、日本でも生中継されたヴァルトビューネでの野外コンサート(6月29日)では、途中の2曲(チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番、R=コルサコフ:スペイン奇想曲)だけは、ゼーガースでなく、フォーグラーが叩いていたので(周囲が気をきかせて?)、これが最後の雄姿になったのではないでしょうか。

96年10月にベルリンフィルの日本公演があり、プログラムはベートーヴェンの第9交響曲とマーラーの「復活」の2曲。ゼーガースが1番を叩いた「復活」はTVで放送されましたが、フォーグラーが出演した第9は、残念ながら放送されませんでした。この日本公演の合間に、フォーグラーが東京で公開レッスンをしたのだそうです。これに参加された方が、大変に羨ましいです。

このシーズンの定期演奏会は、NHKで5回生中継されましたが、そのうちの3回、96年12月のアルノンクール指揮のブラームス:第1交響曲、97年1月のハイティンク指揮のショスタコーヴィチ:第4交響曲、97年6月のザンデルリンク指揮のショスタコーヴィチ:第8交響曲では、フォーグラーが叩いています。ただ残念なことに、ブラ1冒頭では、全然ティンパニが映っていないなど、全般にカメラのアングルがあまりよくないのが残念です(撥先アップだけのカラヤンのビデオよりはましですが)。あと、97年5月1日のパリのヴェルサイユ宮殿でのヨーロッパ・コンサートも生中継されましたが、これもフォーグラーが叩いています(バレンボイム指揮の「英雄」)。

私は97年3月下旬のザルツブルク復活祭音楽祭でベルリン・フィルの演奏を聞く機会がありましたが、メータの指揮での「エグモント」序曲と「英雄の生涯」で、あの素晴らしい演奏ぶりの見納めをすることが出来ました(3月30日)。「英雄の生涯」では、まるでティンパニ奏者のフォーグラーが、鳴っている音楽の英雄の姿と重なって見えてきたほどでした。また、その前日の午前中には、ブラームス第4交響曲の公開プローベがあったのですが、これは現地に着くまでは、予想もしなかった選曲で、これをフォーグラーのティンパニで聞けたことは、思わぬ収穫でした(^_^) 特に第3楽章でタカタンのリズムの繰り返しがが高揚してくるところ、左右の手順が rlr,rlr,rlr,rlr の繰り返しから、クレッシェンドとともに、rlr,lrl,rlr,lrl と自在に何気なく華麗に変わる様は、今でもまざまざと思い出されます。全曲に渡って、実に高貴な叩き方でした。またこの音楽祭は、ベルリン・フィルがピットに入ってオペラを演奏するという貴重な機会なのですが、この年に上演されたベルク「ヴォツェック」では、第1幕で軍楽隊がステージを上手から下手へ行進しながら演奏するシーンがあり、これにもフォーグラーが参加したというのも、引退直前のなかなかユニークなエピソードになるのではないでしょうか。実は、開演前にピットを覗いていたら、フォーグラーが変わった制服みたいな服を着てちょっとだけ姿を現わし、一体何してるんだろうと思ったのです。まさか、実質上の首席ティンパニ奏者が、バンダで行進して来るとは(@_@) もっとも、全員、帽子を被っていたので、4人の打楽器奏者(スネア2人、シンバルと大太鼓各1人)のうち、誰がフォーグラーかは、客席からは識別出来ませんでしたが。 (なお、余談ですが、この時の「ヴォツェック」でティンパニを叩いていたゼーガースは、97年11月のベルリン国立歌劇場来日公演での「ヴォツェック」でもエキストラ奏者としてティンパニを叩いていて、両方の演奏とも聞くことができました。個人的には、バレンボイムの演奏の方が気に入りましたが。)


独断と偏見で選ぶフォーグラーLDベスト3

  1. ベートーヴェン : 第9交響曲 (1977年12月31日)  指揮 : カラヤン
  2. カラヤンの録画では、ティンパニは撥先のアップだけのつまらないものが多い中で、このジルヴェスターを素直なアングルで収録した録画は、まだ40代の元気あふれるフォーグラーの貴重な記録でもある。第1楽章の再現部を二人で叩いているシーンも興味深い。

  3. オルフ : 「カルミナ・ブラーナ」 (1989年12月31日)   指揮 : 小澤征爾
  4. フォーグラーの妙技の記録としては、これが最高かもしれない。とにかく、冒頭のフォルトゥナからして、実に見応え十分の大迫力である。圧巻とはまさにこのこと。

  5. マーラー : 第3交響曲 (1990年12月14〜16日)  指揮 : ハイティンク
  6. ハイティンクとベルリン・フィルのマーラーのLDでは、93年の「復活」もフォーグラーが叩いているが、いずれも素晴らしいプレイが堪能できる。3番でも、第1楽章最後の三連符の見事な処理、終楽章の派手な個所など、見どころ聞きどころ満載である。


フォーグラーの簡単な経歴と近況

1930年11月28日、ドイツのヴェストファーレン州ハムに生まれる。文字より先に楽譜を読むことを学び、5歳の時からティンパニ奏者だった父よりレッスンを受ける。15歳でドルトムント音楽大学に入学。1949年、18歳でヴェストファーレン州のハーゲン市立管弦楽団のティンパニストに就任。1952年より、ボッフム交響楽団のソロ・ティンパニストに就任。そして1970年、ベルリン・フィルに入団。1996/97シーズンまで在籍し、オケ全体を巧みに支える素晴らしい演奏で聴衆を魅了し続けてきた。特に全盛期のカラヤンの演奏には欠かすことのできない重要な存在だったといえよう。

1974年頃からベルリン音楽大学でも教鞭をとり、1981年より教授となり、ベルリン・フィル退団まで在職。カラヤン財団のオーケストラ・アカデミーでも創設より1993年まで指導にあたってきた。フォーグラーに師事した数多くの奏者が、世界各地の主要なオーケストラで重要な地位を占めている。日本では、新日本フィルの近藤高顕さん、NHK交響楽団の久保昌一さんなどが有名である。教育活動としては、それ以外にも、東京、アムステルダム、マドリッドでマスターコースを 開催したりした。久保さん教えていただいた最新情報では、現在、マドリッドの国立青少年オーケストラのトレーナーを務めているとのこと。また最近、ホルスト・シュタインが名誉指揮者を務めるバンベルク交響楽団のドイツ国内演奏旅行で、エキストラとしてティンパニを演奏したとのこと。

最後に、フォーグラーの趣味として挙げられるのは、ピアノ、料理、ゴルフなどである。ピアノを弾くのは本当に好きなようで、「剣の舞い」を6人で演奏できるように自らアレンジした演奏では、フォーグラー自身がピアノを演奏しているのが興味深い。これはベルリン・フィルの室内楽(Kammermusik)と題されたDGの4枚組のCDに収録されている(国内盤CDでは「超絶技巧の饗宴/ベルリン・フィルの名手たち」として発売された)。

(1998年2月19日 改訂)